あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
体内の臓器と感情の関係
カレンダーは6月に入りました。
10日には「入梅」、21日には「夏至」があります。
この時期は毎年、梅雨空を眺めながら夏を待ち遠しく思いますが、今年は頭のどこかにコロナ禍が影を落とします。
気分もふさぎがちですが、今回はそんな気分に対する東洋医学的なアプローチを考えてみましょう。
東洋医学では、感情を体内の臓器と関連性を持たせて捉えています。
宇宙、あるいは世界を5つの要素からなると捉えた「五行説」にそれを見ることができます。
東洋医学の最古の書物とされる『黄帝内経』には臓器と感情の関係が示されており、下図のようになっています。
「五臓」と「五志」の対応がそれです。
東洋医学における臓器は、現代医学における臓器も含めた機能的なものととらえられています。
さて、上表では「肝」に対して「怒」が対応しています。
これは怒りが肝を損なうこと、逆に肝にトラブルがあると怒りやすくなることを意味しています。
あらゆる「変化」がストレスとして働く
ほかの4つの臓器も同様にそれぞれ「喜び」、「思い煩うこと・思考」、「憂うこと」、「恐れること」が臓器を損ない、またその臓器のトラブルでそれらの感情が出やすくなったり、コントロールできなくなったりするということです。
この中でとりわけ「喜」は悪いことではないと思われがちですが、そうでもありません。
ストレスを数値化したものによると、「配偶者との死別」がストレス100なのに対して、「結婚」が50と言われています。
喜ばしいことも人間にはストレスとなりうるのです。
結局のところ、物事自体(結婚/死別)はニュートラルであり、それに人間が価値づけ(いいこと/わるいこと)をしているわけです。
人間にとってはあらゆる「変化」がストレスとして働く、ということでしょう。
さて、このコロナ禍の中、様々な感情が社会に、また個人の心に渦巻いています。
ウイルスやそれがもたらした状況に対する「怒り」、先が見えない中での「思い煩い」、生活の変化による「憂い」、感染者や死者についての報道による「恐れ」などでしょうか。
ここでは「喜」は出てきづらい状況です。
感情に正負の価値づけをするのも良いかどうかわかりません。
しかしながら、現在は負の感情が勝っている状態です。
それらに東洋医学的なアプローチを試みて、少しでもこの状況を安らかに乗り越えていけたら、と思っています。
まずは肝についてです。
怒りで肝を損なうケース、肝が損なわれ怒りが制御出来ないケースがあります。
現状は後者が多いように思います。
人体は今でいう酸素などのガスとされる「気(き)」、血液とされる「血(けつ)」、その他の体液とされる「津液(しんえき)」からなるとされており、特に肝は「血」を司っていると考えられています。
肝は前出の表の「五官」、「五体」にあるように、持っている「血」を用いて目を使ったり、筋によって身体を動かしたりしています。
また物事の計画なども肝の働きとされています。
肝が持つ血が減ると、そこに秘められている「怒」の感情が抑えられなくなるとされています。
「疲れてイライラする」のはそのせいだと言えます。
ちなみに女性に、月経でイライラしやすい人は肝にトラブルを起こしやすい体質のためと考えられています。
心の主る「喜」はここでは割愛します。
脾の主る「思」は「思い煩う、思考する」ことです。
こちらはあれこれ心配して思い煩うことで、脾を損なうケースが考えられます。
脾は消化器のことです。
ですから、「心配事で食欲がない」というのはこういう場合です。
「憂い」の感情が肺を損なう
続いて肺の司る「憂」です。
すでに巷間で「コロナ鬱」という言葉が出るように「憂い」が蔓延しています。
「憂い」の感情が肺を損なうのです。
「思」のあれこれ考える思い煩いや思考と違って、思考を形作らずひたすら「憂う」状況です。
考えも浮かばない暗く沈んだ気持ち、と言えるでしょうか。
そして肺は呼吸機能全般を含めて考えます。
憂いがある時、呼吸が浅くなります。
「気持ちがふさいで息苦しい」とか「息がつまる」というのがこれに当たると考えられます。
最後に腎が司る「恐」です。
これはそのまま「恐れ」です。
著名人がコロナで亡くなったニュースなどで驚きや恐怖を感じます。
この感情で腎が損なわれると考えます。
腎は現在でいう泌尿器の他、先天的な生命力や生殖に関与するとされ、年とともに衰えると考えられています。
また、物事に集中することも腎の働きとされています。
さらには「腰は腎の府」とされ、腎は足腰も司っています。
そんな腎に負荷をかける「恐れ」の感情。
もともと腎が弱いと恐がりになりますし、恐怖で腎が弱ることもあります。
恐怖で「足がすくむ」「腰が抜ける」のはいずれも腎が損なわれたからです。
ストレスで急に老けたような気がしたり、物事に集中できなくなったりということも起こります。
「コロナ疲れ」という言葉が出て暫くになりますが、こういう疲労も腎が損なわれたことからきていると考えられます。
臓器を司る経絡(けいらく)にアプローチ
では、これから今まで述べた感情への東洋医学的なアプローチについて見ていきましょう。
まずは自分が「怒、喜、思、憂、恐」のどの感情にとらわれているのか、自身の内面に注意してみて下さい。
それに対応した臓器を司る経絡(けいらく)にアプローチします。
経絡とは体表面にある、いわゆる「ツボ」が連続した線状のもので、生命エネルギーのルートとしてとらえられているものです。
①【「怒」、肝】
※「怒」の他に、目が疲れる、とかため息ばかりついている、とかいう症状がある場合にもおすすめ
初めに「怒」、肝を見ていきましょう。
これには足の厥陰肝経(けついんかんけい)を刺激します。
これは、足の親指の爪の小指側から内くるぶしの前を通り、スネの骨の内側の中央を通っていきます。
衛生面に考慮して、足部分には触れず、膝から足首をメインに刺激していきます。
また、前後には手をしっかり洗って下さい。
さて、肝経ラインの内くるぶしの前から手の親指で圧迫していきます。
続いて、スネの骨の内側中央を圧迫しながら上がっていきます。
膝を深く曲げて出来るシワの端を圧迫して終わります。
「怒」の他に、目が疲れる、とかため息ばかりついている、とかいう症状がある場合もこちらを刺激してみて下さい。
②【「思」の脾】
※「思」の他、食欲不振やお腹の張り、下痢や便秘など消化器症状がある人にもおすすめ
続いて、「思」の脾です。
これには足の太陰脾経(たいいんひけい)を刺激します。
脾経は足の親指の内側から足首を通って、スネの骨のすぐ後側を骨に沿って上がっていきます。
このラインに沿って親指での圧迫を行なっていきます。
そして、スネの骨のすぐ後ろを骨に沿って上がります。
骨の出っ張りに当たったところで終わりです。
「思」の他、食欲不振やお腹の張り、下痢や便秘など消化器症状がある人も試してみて下さい。
③【「憂」の肺】
※肌荒れ等が気になる方や、また呼吸が浅い場合にもおすすめ
それでは、次に「憂」の肺です。
この場合は、手の太陰肺経(たいいんはいけい)を刺激します。
これは肘の正面の外側から手首の親指側へ向かって下りて行きます。
手首から親指の骨の外側を通り、親指の爪の、小指と反対の端に終わります。
肺経への刺激は肘の外側から手首の外側へ下りていきます。
肺経は手首まで来たら、さらに親指の外側の骨も指先に向かって圧迫していきましょう。
最後は、親指の爪の、小指と反対側の端を圧迫します。
肺は「憂」の感情に限らず、皮膚を司ってもいるので、肌荒れなどにも良いです。
また呼吸が浅い場合にも使います。
ちょっとした風邪症状にも用いますが、今の状況では、保健所などしかるべき窓口に相談してその指示に従ってください。
④【「恐」の腎】
※「恐」に限らず、足腰のだるさや精力減退などにおすすめ
そして、最後に「恐」の腎です。
これは足の裏から始まり、内くるぶしの後ろを通り、アキレス腱と内くるぶしの間のラインを膝へ向かって上がっていきます。
こちらへの刺激は内くるぶしの後ろから始めます。
そのまま膝へ向かって、圧迫していきます。
そのまま膝まで上がっていきます。
最後は膝の裏の内側にあるスジの脇を圧迫して終了です。
こちらは、「恐」に限らず、足腰のだるさや精力減退などに試してみても良いです。
以上4つの感情に対する東洋医学的アプローチを見てきましたが当然、「恐れ」と「怒り」のように複数の感情にとらわれていると思えることもあるでしょう。
その場合は組み合わせて刺激をしてみて下さい。
より深く見てゆくと、臓器相互の関係性から、より複雑な経絡の使い方がありますが、今回はパターン化してシンプルにお伝えしました。
「自粛警察」なる言葉も生まれるほどに「思い煩い」、「憂い」、「恐怖」から派生した「怒り」が社会に瀰漫している印象です。
1人ひとりの心の状態を健全な在り方に近づけることで、社会全体に少しでも寛容な雰囲気が作られていくことを願ってやみません。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
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学校ツイッター⇒ https://twitter.com/tif8chobori
養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。