納豆の作り方も国によって違う【納豆の起源】

『納豆の起源』の著者、地理学者の横山智教授にお話を伺っています。

前回の記事はこちら⇒ 納豆は日本だけではなく東南アジアでも食べられていた【想像を超える納豆文化】

※写真は塩辛納豆

ーーー日本での納豆は平安時代後期から食べられていたとも言われていますが。

もっと前だと思います。記録に残っているのが平安時代というだけで、それ以前は記録に残っていない。いつから食べられていたか、わからないということですね。

日本に納豆と呼ばれているのは3つあり、「甘納豆」(納豆ではないけれども納豆と呼ばれている)、「糸引き納豆」(納豆菌によって大豆を無塩発酵したもの)、「寺納豆・辛納豆」(麹で大豆を発酵させて熟成したもの)です。

「甘納豆」は、起源がはっきりしていて、ごく最近のものです。「寺納豆・辛納豆」は、もちろん今でも食べられていて、起源もかなり古いと考えられます。

しかし、「寺納豆・辛納豆」は、納豆菌を使っていないので正確にカテゴライズすれば、納豆ではないです。

江戸時代の納豆は「糸引き納豆」です。納豆汁にして食べられていたようですが、江戸時代より前の納豆については、よく分かりません。

文献に納豆という語が出てきても、それが「糸引き納豆」なのか、それとも「寺納豆・辛納豆」なのか判断できない場合が多いです。

日本の納豆の起源には色々な伝説がありますが、その説が伝えられる過程で全く変化せずに伝わっているのかどうかは疑問ですね。

煮豆がある環境に、稲ワラがあって、ある程度の温度があると納豆が生まれるという説が多いです。

たまたま馬の背中に稲ワラで包んだ煮豆を乗せていたりすると、馬の体温(人間よりも少し高い)で煮豆が納豆になるというのはあり得る話なので、各地に伝わる伝説は、発酵学的には妥当でしょう。

ーーー余った豆を囲炉裏の上に置いておいたら発酵したと言う説はどうでしょうか?

それは一つの説として考えられます。

たしかに、暖かいと発酵が進むのですが、必ず囲炉裏の上の様な40度ぐらいの温度が必要かといえば、そんなことはなくて、30度ぐらいでも日数をかければ同じく発酵します。

必ずしも囲炉裏の上というわけではないと思いますが、煮豆を納豆菌が付いた何かの葉っぱで包んでいたら、納豆になっていたという可能性は高いと思います。

納豆の作り方も国によって違う

ーーー東南アジアではプラスチックのバックでも作られていると書いてありましたが菌はどうなっているのでしょうか。

菌はつくっている場所の雰囲気中にあります。

その雰囲気にあるのが枯草菌の一種。基本的に枯草菌は植物の葉に付着しているのは当然のこと、空気中や土壌中などの色々なところに存在しています。

なので、煮豆をそのまま放っておくだけでも条件が整えば納豆はできあがります。

たとえば、日本でもプラスチックのバックで納豆をつくろうと思えばつくれると思います。長く納豆をつくっていた場所で、納豆をつくる菌がそこにあればの話ですが。

しかし、枯草菌を使えば、必ず日本のような糸引き納豆ができるわけではありません。

かつて日本は、糸引き納豆をつくるときに菌の供給源として稲ワラを使っていました。

稲ワラから糸引き納豆をつくるのに適した菌を分離して、それを培養して、今は、その菌をふりかけて納豆をつくっています。

菌をふりかけずにプラスチックのバックだけで納豆をつくっている家では、かつては菌の供給源となっている葉っぱなどを入れて、長い間、納豆をつくってきたのだと思います。

その過程で、納豆づくりに適した菌がそこの場所にたくさん生きていて、だから、今では葉っぱを入れなくてもプラスチックのバックでもつくれるという状況になったのでしょう。

長い時間、同じ製法で、同じ菌を使って納豆をつくることで、菌をふりかけたり、葉っぱを入れたりしなくても納豆ができるような環境を人為的に造り出したのだと思います。

だから、ある人の家ではプラスチックのバックだけでも納豆はできるけれども、隣の家では、プラスチックのバックだけでは納豆はできないかもしれない。

ネパールでは煮豆を新聞紙やダンボールに入れて2~3日間放置するだけで納豆をつくっているところもありました。

これまでの調査で、東南アジアやヒマラヤでも、近年になって植物を入れない簡易的な納豆のつくり方が広がっていることが分かりました。

伝統的な植物利用が衰退しているようです。

ーーーそこには何種類の菌がいるかわからないですよね?

わからないです。そして、当然のことながら雑菌も入っていると思います。

菌の種類によって味も変わってきます。ただし、日本みたいに粒のまま納豆を食べる地域は少なく、ほとんどの場合は、塩や唐辛子などを入れて乾燥させているので、香辛料の味が強くて、どこも味が似ている感じがします。

だけど、ミャンマーのカチン州は、日本と同じく粒のままの納豆をご飯にかけて食べています。そこの納豆は日本と同じ糸が引く納豆ですごく美味しいですよ。

それは、イチジクの葉っぱに煮豆を包んでつくっています。

※写真はイチジクの葉

枯草菌は葉っぱにも付いているのですが、葉っぱの種類によっても味も変わってきます、バナナの葉っぱでつくった納豆はあまり糸を引かないのが多い感じですね。

※写真はシダ

シダとイチジクでつくった納豆は糸を引くのが多いと感じます。私はイチジクよりもシダの方が臭みも少なくて食べやすいと思いました。

ーーー日本でもその葉っぱを使えば自家製納豆ができるのでしょうか?

できると思いますし、つくっている人もいるようです。ただし、日本の衛生基準から考えると問題がありますね。

自分で葉っぱを使って、自家製納豆をつくられるのは良いのですが、雑菌が入る可能性もあって、その雑菌が致命的なものだとかなり危険だと思います。

東南アジアやヒマラヤでは雑菌を防ぐために、よく見られる方法として、発酵させる時に灰を入れたりします。ほとんどの菌はアルカリに弱いので灰を入れるとアルカリに強い菌だけが残る。

枯草菌は熱にもアルカリにも強い菌です。普通の菌は、熱にも弱いし、アルカリにも弱いので、枯草菌だけが残って、それで大豆を発酵するということです。

ネパールでは、灰を入れていた生産者が多かったですね。

様々な納豆の調理法

ーーー調理の仕方はどのようなのが一般的なのでしょうか。

本当に色々な調理の仕方がありますので、一概に納豆はこのように食べると言えないと思うのですが、スープに入れたり、カレーに入れたり、炒めものにも入れます。すごく多様です。どれも美味しいですね。

東南アジアのラオス、タイ、ミャンマーでつくられている納豆の多くは、日本の納豆とは違って、センベイのように平たくして乾燥させていました。

センベイ状の納豆は調味料として使われています。

また、ひき割り状の納豆も見られ、モチ米につけて食べられたり、麺に入れて食べられたりしていました。

ヒマラヤ東部のアルナーチャル・プラデーシュでは、味噌のように熟成させた納豆がつくられていました。

「チャメン」と呼ばれるトウガラシと納豆を混ぜたソースをつくり、いろいろなものにかけて食べます。

調査で訪れた家では、「チャメン」を現地でつくっているソバにかけて食べていました。そして、インド北東部のシッキム州やネパール東部つくられている干し納豆は、カレーに混ぜて食べられています。

ミャンマー北部の市場で植物の葉に包まれた「糸引き納豆」を見つけました。それは日本の納豆と見た目がそっくりで、一緒に調査をしていた仲間たちと思わず歓声をあげたほどでした。

味も日本の納豆と同じで、日本人と同じようにご飯と一緒に食べます。納豆に醤油はかけませんが、塩やトウガラシなどの香辛料、そしてネギやニンニクなどを混ぜて食べます。

引用 : 視点・論点 「納豆の起源を探る」

やはり、うま味調味料としての使い方が多いですね。

納豆がつくられている地域は、「味の素」が普及している地域とほぼ重なっていると思ってもらってもいいと思います。

ーーー日本でも昔は手づくりで稲ワラの菌でつくっていたのが、農薬を使い始めて菌がなくなったので手づくりがなくなっていったという説を聞いたことがあるのですが。

農薬よりも、食中毒事件がきっかけだったのではないでしょうか。

昭和20年代にサルモネラ菌による食中毒の死亡事故が各地で起きました。

【参考記事】

1953年11月19日、朝日新聞朝刊7ページ

多分、それ以前にもサルモレラ菌で亡くなった方はたくさんいたのではないかと思います。

農薬を使い始めたからというのもあるのかもしれませんが、死亡事故がきっかけで厚生省が法規制し始めて、保健所の指導が入って、きちんと煮沸した稲ワラを使わないと納豆の製造が許可されなくなったのです。

それ以降、稲ワラではなくて、稲ワラから分離した菌を使うようになりました。

納豆だけに限らず、自然のものを使って食べものをつくるということは、雑菌が入るリスクがあるのです。

それは東南アジアやヒマラヤの納豆も、おそらく日本と同じような食中毒など発生していたと思います。

ただし、食中毒が起こったとき、それが納豆が原因だと特定できる場合もあれば、できない場合もあると思います。

ーーー「奥深き納豆の世界」新しい発見はありますか?

まだまだ、ありますね。2014年末に『納豆の起源』を出版した時点では、ブータンで納豆の調査をしていなかったのですが、2016年にブータンに行って、他の地域と様相が違っていることがわかりました。

「リビイッパ」と呼ばれている納豆をつくっているブータン東部では、チーズを多く使う食文化が見られるのですが、ミャンマーみたいにチーズが全くないところでうま味調味料としてつくっている納豆と、チーズを使った料理がメインになっているところでつくられている納豆の種類は大きく違っていました。

それについては、論文に書きたいと思っています。

ーーーブータンの次はどこに調査に行くのか決まっているのですか?

次は、インドネシアのテンペを調査したいですね。

テンペは、納豆とは違い大豆の煮豆をカビで発酵させた無塩発酵食品で、インドネシアの伝統食品です。納豆とはカテゴライズできないのですが、テンペは一度きちんと調べたいと思っています。

納豆の研究は、私たちが知らないことがたくさんあるから面白い。

納豆の起源を求めること自体が面白いというよりも、私たちの知らない事がまだまだ本当にたくさんあって、日本の伝統食品だと思われている納豆も、探してみると東南アジアやヒマラヤ各地で普通に使われていて、人々が普通に食べています。

私たちが「えっそんなことあるの?」と思うようなことが、東南アジアやヒマラヤなんかにはまだたくさんあります。

これだけインターネットが広がり、情報もたくさん入るようになり、「常識を覆すようなことなど、今の世の中にはないんじゃないか?」と思うかもしれませんが、実際に現地に足を踏み入れると、まだまだ知らないことはあると実感します。

これからもまだ知られていない面白いことを見つけていきたいと思っています。そして、この本を読んだ人には「まだこんな知らないことがあったんだ!」と思っていただけたら幸いです。



納豆の起源 (NHKブックス No.1223)

【前回の記事】

納豆は日本だけではなく東南アジアでも食べられていた【想像を超える納豆文化】

横山智

1966年、北海道生まれ。

筑波大学大学院博士課程地球科学研究科地理学・水文学専攻中退後、2003年筑波大学から博士(理学)を取得。

熊本大学文学部助教授(准教授)、名古屋大学大学院環境学研究科准教授等を経て、現在、名古屋大学大学院環境学研究科教授。

東南アジアの大陸部(ラオス、ヴェトナム、タイ、ミャンマーなどの国が位置する地域)の農山村地域で、森林利用、焼畑、生業構造など、自然と人間の相互関係と変化について研究をしている地理学者。

照葉樹林帯の納豆などの発酵食文化の研究も行う。

著書に「納豆の起源 (NHKブックス No.1223)」(単著)、「Integrated Studies of Social and Natural Environmental Transition in Laos」(共編著)、「モンスーンアジアのフードと風土」(共編著)、「資源と生業の地理学 (ネイチャー・アンド・ソサエティ研究 第4巻)」(共編著)、「ラオス農山村地域研究」(共編著)がある。

HP→ http://www.geog.lit.nagoya-u.ac.jp/yokoyama/index.html

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