あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
東洋医学における代表的な書物からみる「疲れ」について
暦は早くも10月、秋が深まってゆく時期です。
慌ただしく過ぎて行く日々、季節の移り変わりにも気づかない、ということはありませんか。
多忙な日々でお疲れの方も多いことと思います。
東洋医学における代表的な書物『黄帝内経』でも「疲れ」については以下のような言及があります。
「五労所傷。久視傷血。久臥傷気。久坐傷肉。久立傷骨。久行傷筋。是謂五労所傷。」
漢文ですが、意味は次のようなものです。
「五つの疲労がる(損なう)所がある。長く視れば血を傷る。長く臥床していると気を傷る。長く座っていると肉を傷る。長く立っていると骨を傷る。長く歩くと筋を傷る。これが五つの疲労が傷る所である。」
字面としては分かるような気がしますが、傷つくのが「血」とか「気」では分かりにくいですね。
これを東洋哲学における五行説によって見てみます。
五行説は万物が「木火土金水」の五つの要素からなるという考え方です。
紹介した文の順に見て行きましょう。
目を使うのに「血」が消費されるという考え
①「長時間ものを視ることは血を傷る」と言います。
上表の関係から見て行くと、「五労」の「久視」は「五臓」の「心」に対応し、「五体」における「血脈」を司ります。
東洋医学には目を使うのに「血」が消費されるという考えがあります。
我々は産後間もない女性に読書やスマホを控える様にアドバイスすることがあります。
これは出産で血を多く失っているためです。
もちろん、目は視るためにありますが、過度に疲労するほどの使用は避けたいですね。
長時間、横になっていると気が滞ってしまう
同様に②「長時間、臥床していると「気」を傷る」と言います。
「臥す」ことは「睡眠」に限らず、身体を横たえる、という意味も含めて考えています。
そして前出の表の「五労」の「久臥」に対応する「五体」は「皮」です。
この「皮」は文字通り皮膚のことですが、「五臓」の「肺」に由来する「気」が皮膚上をめぐることによって体内を守っている、と考えられています。
また、身体の活動によって気がめぐりますから、長時間、横になっていると気が滞ります。
動かないわけですから血液の巡りも悪く、身体にはよくなさそうです。
もちろん睡眠不足もよくありませんが、寝過ぎもよくありません。
現在、最も死亡率が低い睡眠時間は7時間とされています。
それより長くても短くても死亡率が上がることが分かっています。
確かに休日に長く寝ても二度寝しても、あまり爽快にはなりませんよね。
その他、前出の表の「久臥」に対応する「五臓」の「肺」が損なわれる例としては「ねたきり」の高齢者によく見られる誤嚥性肺炎がありますが、長期臥床で引き起こされます。
立たず、動かず座ってばかりいるのは筋肉を衰える
続く③「長時間座っていると肉を傷る」ということですが、前出の表の「久坐」に対応する「五体」の「肌肉(きにく)」は今でいう筋肉と考えて良いと思います。
立たず、動かず座ってばかりいるのは筋肉を衰えさせます。
また、「肌肉」を司る「五臓」の「脾」は手足を動かすことで働きます。
「脾」は今でいう消化機能を指していると考えられています。
運動不足で筋肉は細り、食欲も起こらなければ、さらに筋肉が減ります。
また食欲が落ちない場合は筋肉が減り、体脂肪だけが増えてしまうこともあり得ます。
最近の研究では座る時間が長いほどガンの発症リスクも高くなると言われています。
特に大腸がん、乳がんで顕著だそうです。
いずれにしても座りすぎは良くないことで、それは2000年以上前から言われていたのです。
腰の不調は腎のトラブルを示唆する
④4つ目の「長時間立っていると骨を傷る」というのは何となくイメージが湧くでしょうか。
前出の表の「久立」に対応する「五体」が「骨」ですし、そうでなくても身体を支える骨が疲労しそうに思えます。
長時間立っていると、腰が張ったり疲れたりもしますね。
『黄帝内経』では「腰は腎の府」と言われます。
「腰は腎の重要な場所である」という意味です。
前出の表の「久立」は「五臓」の「腎」に対応しています。
腰の不調は腎のトラブルを示唆すること、なわけですね。
長く歩くと腱を傷める
そして⑤最後の「長時間歩くと筋を傷る」です。
前出の表の「久行」に対応するのが「五体」の「筋」です。
「行」は「歩く」、「筋」はいわゆる「スジ」、筋肉が骨に付く部分である「腱」をそれぞれ意味します。
長く歩くと腱を傷める、という訳です。
歩くことの主力は足ですから、アキレス腱なり、足底の腱なりが傷むということでしょう。
確かに長時間の動作は腱を傷めます。
歩くのとは違いますが、長時間、腕を使うことで手の腱鞘炎が起こりますよね。
長時間の運動で筋肉は伸び縮みして疲労します。
対して腱は、運動の際、伸び縮みではなく腱鞘という鞘のようなものの中を動くので、腱と腱鞘の間で摩擦が生じます。
そのため運動が長時間に及ぶと炎症を起こします。
これが腱鞘炎です。
そして「筋」は「五臓」の「肝」と関係します。
東洋医学における「肝」は現代の肝臓とその周辺の機能を含めたものです。
そして肝臓は、よく知られる「コラーゲン」を生成する臓器です。
このコラーゲンは腱を構成する重要な物質です。
腱(筋)は主な構成成分が肝臓で作られ、長時間の運動で損なわれる、ということが前出の表とも整合します。
さて、視る・寝る・座る・立つ・歩くという動作を長時間行なうことは身体を疲労させる、ということですが、デスクワークや立仕事などであればそれも避けては通れません。
少しでも疲労を和らげる目的で、身体の表面からツボ刺激でケアしてみて下さい。
長時間、目を使う仕事をする方へツボ刺激でケア
長時間、目を使う仕事をする方は「血脈」を司る「心」の経絡、手の少陰心経にアプローチしてみましょう。
この「経絡」というライン上にツボが点在しています。
手の少陰心経は、前腕の手のひら側で肘の内側から手首まで真っ直ぐ通っているとされています。
肘の内側から手首にかけて手の親指で圧迫して行きましょう。
さらに、小指の爪の親指側にある「少衝(しょうしょう)」というツボを刺激してみましょう。
手先・足先にもツボはあります。
これらの場所は感覚が鋭い所です。
そのため、ぶつけたときなどは他の場所より遥かに痛いわけです。
それはツボとしての効果も同じで、感覚の鋭い場所ほど効果があると考えられます。
手先・足先を手軽に刺激するのには最近ではフリクションのボールペンのラバー部分がオススメです。
また、目の疲れそのものへの対処として目の周りを圧迫することは皆さんもよくされていると思います。
これに加えて、首の後ろ、後頭部の骨と頸の境目に沿って圧迫してみましょう。
目を使っているときには頭の位置を調整するために、後頭部の骨と頸の境目の筋肉、後頭部下筋群(こうとうかきんぐん)もまた働いているのです。目の周囲の圧迫にプラスαで取り入れたいものです。
長時間寝る方(例えば病気やケガの療養など)のケア方法
次に長時間寝る、ということは日常では考えにくいですが、病気やケガなどの療養ではあり得ます。「気」を司る「肺」の経絡、手の太陰肺経にアプローチします。
肘の手のひら側の外側から真っ直ぐ手首へ圧迫して行きます。
また、手の親指の爪の端の「少商(しょうしょう)」というツボを圧迫してみましょう。
長時間座る方の場合のケア方法
続いて、長時間座る方の場合です。「肌肉」を司る「脾」の経絡、足の太陰脾経にアプローチしましょう。
足の親指の爪の内側にある「隠白(いんぱく)」というツボを刺激します。
それから、脚の内側のスネの骨の後ろの縁を下から上に圧迫します。
長時間立つことが多い方の場合のケア方法
次に長時間立つことが多い方の場合です。
「骨」を司る「腎」の経絡、足の少陰腎経にアプローチします。
まず、足の裏のツボ、「湧泉(ゆうせん)」を刺激します。
これは足の裏で、指を全部曲げたときに出来るくぼみです。
そちらを手の親指を重ねて圧迫します。
続いて内くるぶしの後ろからそのまま真っ直ぐふくらはぎを上に向かって圧迫して行きます。
また、「腎の府」と言われる腰への親指での圧迫や、グーにした手で殿部をグリグリ揉むのも効果的です。
長時間歩く方の場合のケア方法
最後に、長時間歩く方の場合です。「筋」を司る「肝」の経絡、足の厥陰肝経にアプローチしましょう。
まずは、足の親指の爪の外側にある「大敦(だいとん)」というツボを刺激します。
続いて内くるぶしの前から、スネの骨の中央に沿って上に向かって圧迫して行きます。
そのまま膝を曲げて出来るしわの端まで圧迫して行きます。
現代の労働では一定の姿勢や動きが続くことが多く、身体もバランスを崩しがちです。ご紹介したツボや経絡へのアプローチで、乗り切って下されば幸いです。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
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養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。