あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
「秋バテ」予防
カレンダーは9月に入りました。夏の暑さも薄らいでくる頃です。
この時期に夏の疲れが出てきます。
近年では「秋バテ」などと言われる状態ですね。
そんな中で古来「秋バテ」予防をしていたのではないか、と思われるならわしを9月のカレンダーに見ることが出来ます。
それは9月9日の「重陽(ちょうよう)」です。
「菊の節句」とも言われています。
もともと、東洋哲学の陰陽論で奇数を「陽」、偶数を「陰」とします。
そして古くは人間が扱える数字は9まで、と考えられており、10は神の数字、とされていました。
そのため「9」は人が扱える「陽」の数字の最大値であり、それが重なる9月9日は「重陽」という訳です。
ちなみに我々、東洋医学を学ぶ者が拠り所とする中国最古の医学書に『黄帝内経』があります。
これを構成する『素問(そもん)』、『霊枢(れいすう)』という2つの書物はいずれも81篇からなっています。
9×9=81ということです。
東洋哲学の陰陽論で奇数を「陽」、偶数を「陰」とする
さて、重陽の節句の他にも人日(じんじつ)の節句(1月7日:七草の節句)、上巳(じょうし)の節句(3月3日:桃の節句)、端午の節句(5月5日:昌蒲の節句)、七夕(しちせき)の節句(7月7日:笹の節句)があります。
いずれも奇数月で人日の節句以外はゾロ目です。
よく知られている人日の節句は七草の節句とも言われ、七草粥を食べる習わしがあります。
そして重陽の節句は菊の節句と言われ、酒に菊の花を浸して飲み、健康長寿を祝う習わしがあります。
七草粥が年末から正月にかけて疲れた消化器をいたわる習わしであるのと同様に、この菊の花を浸けた酒もまた、夏に疲れた身体をいたわる習わしなのです。
菊の花を浸す酒はアルコールですので、少量であれば疲れた消化器の働きを助けます。
漢方の分野には薬用酒もあるほどです。
そして、菊の花は「菊花(きくか)」と呼ばれる漢方の生薬なのです。
効能は風邪(「ふうじゃ」と読みます)を取り除く、熱を取り除く、目を明るくし、充血を取る、などです。
これらの効能が重陽の節句の時期に非常にマッチしているのです。
自然界の邪気が人体に作用して病気になる、という考え
東洋医学では自然界の邪気が人体に作用して病気になる、という考えがあります。
邪気には「風邪、暑邪、湿邪、燥邪、寒邪」の五つがあります。
東洋哲学の、宇宙や自然が五つの要素からなるとする「五行説」の考えに基づきますが、下表における「五気」に対応します。
そして、これからの季節は涼しくなって行きます。
急な気温の低下で風邪をひくなど体調を崩すこともあり得ます。
冷えには「寒邪(かんじゃ)」も関わりますが、それと結びついて人体に運ぶのが「風邪(ふうじゃ)」であるとされています。
「風寒の邪」とセットになることが多いです。
そのため、気温が下がり始める重陽の時期にを取り除く菊花は有効と考えられます。
一方で菊花は熱を取る作用もあります。
これは夏の時期に「暑邪」に曝された身体には有難い効果です。
また、ひと口に「熱」と言っても物理的なものだけでなく、心理的なものもあります。
例えば、忙しくてイライラしていたとか気持ちが張りつめていたとかいう時には頭が熱を持ったような感じがします。
そのような「熱」にも菊花の効果が期待できます。
また生薬には「帰経(「きけい」と読みます)があり、それがどの臓腑に作用するかを示します。
ちなみに菊花の帰経は「肺と肝」です。
ここでいう「肝」や「肺」は現在の「肝臓」と「肺」そのものを指すわけではありません。
東洋医学的な「肝」・「肺」はそれぞれの臓器そのものとそれが司る機能全般を指します。
上表の「五志」のように感情までもそれぞれの臓器が司っていると考えます。
ストレスフルな状況
上表で「肝」は「五志」の「怒」を司りますから、ストレスフルな状況で疲弊する臓です。
「怒」もいわゆる「怒り」だけを指すのではありません。
「怒り」の根源は「攻撃性」と考えられますがこれは必ずしも負の側面だけではなく「何かを計画的に達成する動機」の側面も持っていることが知られています。
東洋医学でも「肝」は「謀慮(計画する・慮る)」が出てくる臓である、と言います。
そうすると「怒り」だけでなく「あれこれ計画したり考えたり」でも「肝」が疲弊することがわかります。
「肝」の状態が「目」に出る
また、「肝」は「目」を司る、ともされています。
「肝」の状態が「目」に出ると言うことです。
分かりやすい例では「怒りで目が血走る」というものです。
このように見てくると、「肝」に効果がある菊花が「怒」による熱を冷まし、目を明るくすることが良くわかります。
また、「風邪」を取り除くことも上表の「肝」に対応する「五気」の欄から理解できます。
皮膚の状態
続いて「肺」は「五主」の「皮毛」を司るとされています。
平たく言えば皮膚のことです。
知られている通り、皮膚も呼吸をしているので、肺とつながる器官と考えられたのだと思われます。
東洋医学では皮膚には「腠理(そうり)」と言われる開閉する機構があると考えられています。
毛穴のようなイメージで、開いて汗を出し、閉じて汗を止めたり、外からの邪気の侵入を防いだりします。
これも「肺」の働きです。
「肺」の機能が働けば「腠理」は必要に応じて閉じ、邪気の侵入を防ぎます。
逆に「肺」の機能が失調し「腠理」が閉じられなければ、邪気の侵入を許します。
菊花が肺に、さらには皮膚の「腠理」に効果を発揮することで「風邪(ふうじゃ)」の侵入を防ぐ、あるいは取り除くことが良くわかります。
このように菊花は体内の余剰な熱を取り除き、外からの邪気を防ぐ作用があるのです。
夏の疲れを残しながら、多忙に追われて「肝」を疲弊させているという方は多いと思います。
企業では8月から9月が決算というところもあります。
そんな時期に重陽の節句で菊花を取り入れるという昔の人の知恵は現代の我々にもマッチしており、驚くばかりです。
実際に菊花を用いた漢方薬としてしては「杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)」、「清上蠲痛湯(せいじょうけんつうとう)」、「滋腎明目湯(じじんめいもくとう)」、「洗肝明目湯(せんかんめいもくとう)」、「桑菊飲(そうぎくいん)」、「釣藤散(ちょうとうさん)」などがあり、薬局・薬店で入手可能なものも多いですが、必ず薬剤師の指示の下に服用して下さい。
「肝経」、「肺経」を通してアプローチするツボマッサージ
そして、もう少し手軽にこの時期の身体をケアしたいということであればツボの連続体であるのマッサージなどがオススメです。
菊花の生薬を摂れる方は、中からのケアに加えてこの外からのケアを併用してもよいでしょう。
菊花が効果を発揮するとされる「肝」、「肺」へはそれぞれ「肝経」、「肺経」を通してアプローチをします。
まずは「足の厥陰肝経(けついんかんけい)」へのアプローチです。
この経絡は足の親指の爪の小指側の縁から内くるぶしの前を通って、向う脛の骨の内側を上に上がって行きます。
この向う脛の骨の内側を指で下から上に向かって押して行きます。
続いて、「手の太陰肺経(たいいんはいけい)」です。
この経絡は肘から前腕の手のひら側の外側を通って手首を通過して手の親指の爪の、小指と逆側の縁へ向かって下りて行きます。
肘から手首の部分までを指で押して行きます。
経絡の他に腹部へのアプローチもあります。
「肝」の存在する腹部の領域に「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」という状態が現れることがあります。
肋骨と腹部の境目が張って硬くなることを言います。
「肝」の気が滞って起こる、とされています。
ストレスが溜まっている人にみられるお腹の状態です。
この硬い滞りがずっと溜まって上にのぼり、喉に至ると「梅核気(ばいかくき)」という喉の異物感になります。
ヒステリー球ともいわれます。
さらにのぼって目に至れば目の充血や渇き感になり、頭に至るとストレス性の頭痛を起こします。
ここまでになる前に、肋骨と腹部の境目をマッサージして緩めましょう。
指先でゆするように行います。
また、目にも指での圧迫刺激を行ないます。
目のツボ
刺激するのは「攅竹(さんちく)」と「太陽(たいよう)」という2つのツボです。
「攅竹」は眉毛の内側の端にあります。
親指で圧迫してそのまま眉毛の下縁の骨に沿って圧迫して行きます。
次に「太陽」です。
眉毛の外の端と目尻の中間地点から親指1本分後ろにあります。
ここを親指で圧迫します。
菊花を摂り、深まる秋に備える重陽の時期、経絡やツボへのアプローチで夏から秋への身体のスムーズな切り換えを行いたいものです。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
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養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。