あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
立冬から立春までの冬の養生
今年も残すところあと2か月となりました。みなさん多忙な日々をお過ごしのことと思います。
さて、秋もまっただ中、という時期ですが今月の上旬に「立冬」です。
今年は11月8日がそれに当たります。二十四節気ではもう冬ということになります。
そして、冬の過ごし方がやがて来る春の体調を左右する、という考えが古代中国から伝わる医学書『黄帝内経』に記されています。
以下のような内容です。
「冬三月、此謂閉蔵。水冰地坼。無擾乎陽。
早臥晩起、必待日光、使志若伏若匿、若有私意、若已有得。
去寒就温、無泄皮膚、使気亟奪。此冬気之応、養蔵之道也。
逆之則傷腎、春為痿厥、奉生者少。」
要約すると「立冬から立春までの冬の3か月を『閉蔵』という。
水は凍り、地にはひび割れが起こる。
(この時期は)陽を乱してはならない。
早く寝て遅めに起きるように。
必ず日光を待ち、私的な意志や得たものを意図的に伏せるように隠すようにする。
冷えを避け温かく保ち、気を消耗するような皮膚からの発汗がないようにすること。
これが冬の気に応じることであり、「蔵」を養う道である。
これに逆らえば腎を損ない春に痿厥を患い「生」に貢献することが少ないであろう。」ということになります。
要約でも難解に見えますが、少しずつ見て行きましょう。
冬の「五行説」
立冬から立春がいわゆる冬です。
東洋哲学において、万物が五つの要素からなる、という考え方を「五行説」と言います。
上表はその一部をまとめたものです。
そこでは五季の「冬」に五能の「蔵(ぞう)」が対応しています。
本文での「閉蔵」はこれを示していると考えられます。
冬には動物は冬眠し、植物はその生命力を種に仕舞い込み春を待ちます。
活動を抑え、力を蓄えるのが「蔵」です。
冬はそのような季節だと述べています。
冬には水は凍りつき、地面にはひびが入ります。
現在も地中の水分が凍り、地面の隆起やそれに伴うひび割れがみられる「凍上(とうじょう)」という害が知られています。
この時期に「陽」を乱してはならない、と言います。
東洋哲学における陰陽論ではこの世界が陰と陽で成り立っていると考えます。
下表で見ると、例えば暑いのが「陽」で寒いのが「陰」となります。
よって、冬は「陰」の季節なので「陽」を乱すべきではない、動かすべきではない、というのです。
そこで1日の過ごし方でも早く眠りにつき、必ず日光を待って、つまり日の出を待って起きるように、と言っています。
眠ることは「陰」、起きることは「陽」と考えられるので冬の時期は「陰」の営みを多くするのです。
冬の寒い朝には、なかなか起きられない、ということがありますが、それはむしろ自然なことなのですね。
ちなみに日の出とともに起床、というのも早いと思うかもしれません。
しかし今年の立冬の日の、日の出時刻は6:09なので実はそれほど早くもありません。
日の出の時刻はその後、さらに後ろにずれて行きます。
そして心もちは私的な意思やすでに得ているものを伏せるように隠すようにする、というのです。
心や気持ちもオープンにするよりは、静かに何か隠し事があるようにひっそりとしているのが冬の過ごし方のようです。
続いて寒さを避け、身体を温めること、皮膚の排泄、すなわち発汗により「気」が奪われない(失われない)ようにすることを述べています。
「気」というと不思議なものに感じられますが、動いて発汗すると疲労します。
単純にエネルギーが失われる、と考えて良いと思います。
そして汗が蒸発すると冷えますから、冬の発汗は避けたい、ということです。
これが冬の気に応じたあり方で「蔵」を養う道であると言っています。
冬の五能の「蔵」について
冬の五能の「蔵」については前述の通りです。
ここで五能について説明すると、これは季節とともに移ろう生命の営みを表すものです。
春には「生まれる・生える」、夏には「成長する」、長夏には「成長がきわまり、大きく変化する」、秋には「実に成長が収められる・あるいは実が収穫される」、そして冬には「種子に生命力が貯蔵される」というわけです。
人間もこれに則れば冬にはみだりに生命力を使うことなく、温存しておくべきであるし、能力としての「蔵」が養われるということです。
これに逆らうと五臓の腎を傷つけ、春に「痿厥(いけつ)」という病気になり、春の五能の「生(せい)」の能力を損なってしまうのです。
春の「五行説」
冬の間に「蔵」を養い、春の「生」の力を蓄えるべきところを冬の過ごし方が適切でないと春にトラブルが起きると言うことです。
さて、「痿厥」とは見慣れない言葉です。
「痿」は萎えること、「厥」は冷えのことと考えられます。
前出の表における「春」に対応する「五体」が「筋」なので、これが萎える、ということなのです。
冬に養生しないと筋肉が萎えて冷える、というのは、ちょっと不思議な気がします。
しかし筋肉が萎えるのも冷えが起こるのも血液の流れが悪くなることが原因と考えられます。
そして血管をコントロールするのは自律神経です。
ですから冬の不養生で冷えることから自律神経の働きが崩れて起きた状態を「痿厥」と呼んでいると考えることができます。
また、身体的な側面だけでなく、精神面でもあれこれと思い煩うことも自律神経を乱します。
だからこそ『黄帝内経』は冬には心静かにひっそりとしているように、と説いているのでしょう。
東洋医学では脳卒中のことを「中風(ちゅうふう)」と言う
また「痿厥」についてはやや飛躍かも知れませんが、合致する症状がみられるものに脳卒中があります。
もともと脳卒中は東洋医学では「中風(ちゅうふう)」と言われているので、あくまで「痿厥」を拡大解釈した形ではありますが、脳の血管が破裂する「脳出血」、血管が詰まる「脳梗塞」をまとめて脳卒中と呼びます。
脳の身体の支配は左右交叉性ですから、右の卒中では左半身に、左の卒中では右半身に麻痺がおこります。
麻痺が起きた側の筋肉は衰えますし、血管の働きも落ちるため冷えを感じるケースがあります。
春に起こるという「痿厥」ですが、暦の上では2月4日の立春から春ですから、外気は充分冷たい時期です。
そこで温かい屋内から急に寒い屋外へ出るなどの気温の変動が引き金になります。
温かい環境では血管は広がっていますが、冷やされるとそれが急激に収縮し、血圧が上昇します。
このために血管が破裂したり収縮により詰まったりするのです。
予防としてはやはり冬には冷えを避けることが大事です。
また精神的なストレスで血圧が上がることも知られていますから、心静かに過ごすことも重要でしょう。
冬の過ごし方
「痿厥」についていずれの解釈を取るにしても、冬には早めに眠り、この時期の日の出に合わせ、ややゆっくり起きること、心を静かに過ごすこと、冷えを避け、また汗をかいて冷えるようなこともないように心がけることが健やかに春を迎えるために大切なことのようです。
中でも冷えを避けることは、意識的にネックウォーマーやレッグウォーマーの活用で可能です。
首や足首には太い血管があります。
そこを流れる血液が冷えると全身が冷えることになります。保温を心がけましょう。
冬には年末年始も重なり、方々を移動したりあれこれと思い煩ったりしがちです。
睡眠や心の平静の確保は現代人には困難と思われます。
毎日と言わず、せめて週末とウィークデーのどこか1日でもゆったり過ごして、春に備えたいですね。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
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養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。