東洋思想における「陰陽論」で考える養生法

あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。

「3ヶ月後の養生」

3月になると春の到来もかなり近く感じられます。

年度末そして新年度へ向け多忙な日々を過ごされている方も多いことでしょう。

今現在の過ごし方は未来の状態と陸続きです。

体調面でも精神面でも忙しさで自らを顧みないということはありませんか?

古代中国人はそんな我々にアドバイスをくれています。

※『黄帝内経』【日本語】現代語訳黄帝内経霊枢 上巻 


※現代語訳黄帝内経素問 中巻

※現代語訳黄帝内経霊枢 下巻

中国最古の医学書と言われる『黄帝内経』の一節です。

「春三月 此謂発陳 天地倶生 万物以栄 夜臥早起 広歩於庭 被髪緩形 以使志生
生而勿殺 予而勿奪 賞而勿罰 此春気之応 養生之道也 逆之則傷肝 夏為寒変 奉長者少」

現代語訳では「春の3か月間(立春~立夏)は古いものを発散し、天地が様々なものを生じ万物が盛んになります。夜に眠り、早くに起き、広く庭を歩きましょう。髪をとかし身体を緩め、志を生じさせます。殺すことなく生かし、奪うことなく与え、罰することなく褒めましょう。これが春の気に応じることで生を養う道です。これに逆らうと(五臓の)肝を傷めます。夏に寒の病変をなし、夏の「長」の作用が減少してしまいます。」ということになるでしょう。

訳したものの、難解な印象ですね。

こういった文献の訳や解釈に「絶対の正解」はないとされており、古くから様々な人物が様々な解釈をしています。

ここではなるべく「先入観を持たず」順を追って解説をしてみます。

春という季節と万物の働き

現代では「春」と言えば4月辺りが思い浮かびますが、ここでは立春から立夏までを言っています。

今年では2月4日から5月6日を指します。原文の「春三月」はその2月から5月の3か月間を言っていると考えます。

その期間は冬の不活発で溜まっていたいものが発散され、冬の空気が一新され、大地の植物をはじめとした万物の新しい営みが始まります。

あらゆるものが活発になるということです。この辺りは現代人の春のイメージと変わりはありません。

春における人間の生活

そして、人間はどうするかと言うと、そんな自然の動きに倣って夜はしっかり眠って、早朝に起きて庭(など広い所)を歩きましょう、という訳です。

原文の「広」は「広範囲を歩く」とか「ゆったり歩く」と考えられたり「歩幅を広くする」とも考えられたりしますが、いずれにしても不活発だった冬から暖かい季節に順応できるように身体を動かそう、ということだと考えられます。

続いて、のどかな春の季節なので髪をとかすなどの身だしなみに気を配れる余裕をもち、身体をリラックスさせましょう、という意味に思われる文章があります。

先ほど「歩くなどの運動をしろ」と言い、今度は「リラックスしろ」と言い、矛盾を感じるかも知れませんがそんなことはありません。

リラックスはただダラダラすることでは得られず、先に歩くなどの運動があって、得られやすくなります。

これは単純に疲労によって「体の休息モード」を招来する、と言うことの他に生理学的な視点からも言えます。

人体には活動時に機能する「交感神経」と休息時に機能する「副交感神経」があります。

この両者はどちらか一方が働いているときにもう一方が働かない、というものではなく同時にバランスをとって働いています。

場面に応じてどちらかが優位になったり平衡したりしています。

そこで休息時の「副交感神経」を働かせるには、一度活動して「交感神経」を働かせる必要があるのです。

運動によって活発化した「交感神経」を抑制すべく「副交感神経」が遅れて活動すると考えられます。

運動を終えると「交感神経」を刺激する事象はなくなるわけですから「副交感神経」が優位になる、という訳です。

そして、そんなリラックスした状態が「あれをやろう」とか「これに挑戦しよう」と言った志を生じさせるわけです。

余裕がない時には新たな目標設定や挑戦などを志すことはありませんよね。

今の時代にも「春を期に英会話をはじめた」とか「ヨガを始めた」とか言う方が割とよく見られます。

年度初めだからとか、各種スクールが割引キャンペーンだからとかそういうことではなく、春は本来「そうなる」ように人体に働きかけているようです。

春に訳もなくウキウキするのは自然なことなのですね。

東洋思想における「陰陽論」で考える

その後の文章は少々物騒な感があります。

「生かして殺すことれ、あたえて奪うこと勿れ、賞して罰すること勿れ」とあります。

随分とカラーが違うパートに思えますが、これは春という時期の心のありようを示していると考えると違和感はなくなります。

東洋思想における「陰陽論」で考えると「生かす(陽)」と「殺す(陰)」では「生かす」、「与える(陽)」と「奪う(陰)」では「与える」、「賞する(褒める)(陽)」と「罰する(陰)」では「賞する(褒める)」をそれぞれ選好するメンタリティを持ちましょう、ということです。

春は夏に向けて色んなものが成長して行く「陽」の時期なので、人間の心もポジティブに、「陽」である方が良いというふうに見ることができます。

春にネガティブな心もちの人、というのは雰囲気にそぐわないですよね。

いよいよ最後のパートになります。

春のうちに夏に向けた養生を

「春の気に応じて生活することが生を養う道である」ということです。

これに逆らってしまうと五臓六腑の1つである「肝」を傷め、夏には病気になる上に、夏の「長」の作用が減少してしまうと言っています。

これは下表で説明します。

東洋思想において「陰陽論」と同様に重要な「五行説」を示した表です。

万物が5つの要素で成り立っている、と言うものです。

「五行」の「木」に五臓の「肝」と「五時」の「春」があります。

春には肝の気が旺盛になることを示しています。

そして「五能」にあるように様々なものを「生」じさせます。

このパートは原文の「養生」を「ようじょう」と読みたくなりますが、「(春の作用である)「生」を養う」と読むと考えます。

植物が芽吹いて生じるように、人間も内面に「志」を生じさせよう、というのです。

ここでは本来あるべき「春のありよう・過ごし方」を示している訳です。

このまま季節が移ると「木」が燃えて「火」が生じるように季節は「夏」になり「心」の気が旺盛になります。

そして、万物は成「長」するのです。

ところが春に先述のような、あるべき過ごし方をしないと、夏につながって行かない、ということなのです。

「肝」は『黄帝内経』では「将軍の官」と言われ、計画や作戦を練る器官と捉えられています。

生じた志を実行するために肝による計画の策定が必要なのです。

肝はまた、「蔵血」と言って血を溜め、また広く各器官に配分します。

特に「五体」の「筋」を司りますから、運動の際には肝に溜めた血が使われるのです。

その「肝」を働かせずにいると傷みます。

そして本来は肝が持っている血を心が全身にめぐらせるという連携がありますが、肝にトラブルがあると心も働けないという連鎖が起こります。

夏に働きが旺盛になるはずの心が働けず、夏に病気になるのです。

原文は「寒変」とありますが、文字通り、寒さや冷えの病気、と言うよりは顔色が悪かったり元気がなかったり、という「冷えているよう」に見える「陰性」の症状と考えるのが自然だと思われます。

今でいう自律神経の不調のようなものではないでしょうか。

ですから、重要なのは原文で言う「夜臥早起」、つまり規則正しい睡眠と「広歩於庭」のような運動、「被髪緩形 以使志生 生而勿殺 予而勿奪 賞而勿罰」にみられる心身のリラックスの3つでしょう。

年度末から新年度の多忙な中ですが、春めいてワクワクするときにはそんな気分に身を委ねて行動してみてはいかがでしょうか。

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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)

1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。

学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php

学校FB⇒ https://www.facebook.com/tokyoiryofukushi/

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