あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
東洋医学文献にみられる不調の現れ「東洋医学に見る事例別・経絡のケア」
2月になり年中行事の節分、二十四節気の立春と暦の上では春を思わせるものの、依然、冬将軍は居座ったままです。
温かい季節まであと1か月とちょっと、風邪などひかないよう体調管理に努めたいところです。
東洋医学の拠り所の1つ『黄帝内経』という書物には、病気になる前の状態を「未病(みびょう)」と呼び、その段階で治療をする医師を上工(優れた医師)とする考えがあります。
確かに、発病前に対処・予防が出来ればこんなに良いことはありません。
しかし発病後に「病気になった」ことは誰でも分かりますが、発病前に「発病の前段階だ」とわかることは難しいのではないでしょうか。
そこで今回は、東洋医学の文献から「体調不良の予兆」のようなものの記述をご紹介します。
わりとよくあることですが、口の中や舌を噛んでしまうことはありませんか。
この現象について『黄帝内経』に記載があります。
原文は「少陰気至即齧舌 少陽気至齧頬 陽明気至齧唇矣」という漢文です。
この文章の意味は「少陰の気が至ると舌を噛み、少陽の気が至る頬を噛み、陽明の気が至ると唇を噛む」と言うことです。
ここで、少陰・少陽・陽明の説明が必要になります。
人体を3つの陰陽・4面体でとらえる
これらは東洋医学のものの見方の1つである陰陽論から派生したものです。
陰陽論は世界のあらゆるものは陰陽で構成されているという考え方です。
しかしながら陰陽は固定されたものでなく「陽の性質が強い」状態から「どちらかと言えば陽寄り・陰寄り」、「陰の性質が強い」という状態までグラデーションがあります。
そんな陰陽を三陰三陽の六つに分け、そこに各臓腑と結びついた経絡(けいらく)(ツボの連続した線と認識して下さい)を配当したのが東洋的な人体観です。
三陰三陽は手足にそれぞれあるので計12の経絡があります。
それらは下表にまとまっています。
隣り合う陰と陽が表と裏の関係にあります。
表の色がついている箇所が、前出の文章で、変調があるとどこかしらを噛んでしまうと言われている所です。
手足に関係なく下図のような支配領域があると考えられています。
図では人体が「気を付け」をしている姿と思ってください。
人体は4面体で捉えられ「陽明」は前面(オレンジ色の領域)、「少陽」は側面(緑色の領域)、「太陽」は後面(図では死角)という具合です。
ここまで見ると先述の『黄帝内経』の記述との整合性が見えてきます。
側面(少陽)にトラブルがあると頬(顔の側面)、前面(陽明)にトラブルがあると唇(顔の前面)をそれぞれ噛んでしまうということです。
では、少陰はどうでしょうか。
舌を噛むわけですから、舌は前面や側面というより口の奥に位置しています。
少陰と舌の関係を考える前に3つの陽に加え、陰の存在部を見てみましょう。
まず、体幹における陰は身体内部です。
皮膚の裏側に存在すると考えられます。
そして手足という末梢部は、中枢という陰の性質に対し陽的性質を持っているため、手足における陰は皮膚面上に現れています。
陰でありながら陽的な側面を持つわけです。
手の陽明大腸経は「気を付け」をしたとき前になる面にあり、いわゆる手の甲側にあります。
対して、手の太陰肺経はその裏側に当たる腕の掌側で親指側に存在しています。
足も同様に陽明胃経が向う脛にあり、太陰脾経はその裏側に当たる脚の内側のスネの骨の後ろに存在します。
同様に手の太陽小腸経は「気を付け」をしたときに後ろになる面にあり、手の少陰心経は腕の掌側で小指側に存在します。
足の太陽膀胱経は脚の後ろ側を通り、少陰腎経が足の内側でアキレス腱の前を通ります。
手の少陽三焦経は手の甲側で腕の中央を通ります。厥陰心包経は手の掌側で腕の中央を通ります。
足の少陽胆経は脚部の外側の中央を通り、厥陰肝経が内側のスネの骨の真上を通ります。
このように手足の陽の面がそれぞれ「気を付け」の姿勢で前面・側面・後面の見える面に存在するのに対し、陰はその時に隠れる面に存在しています。
では、あらためて少陰と舌の関係を見てみましょう。
陰は基本的に内側・内部にあるため、体表面と結びつく陽とは異なる関係性を持っています。
陰陽論と並んで東洋思想の根幹をなす「五行説」にその根拠を求めることができます。
万物を構成する5つの要素が「五行」の「木・火・土・金・水」で、それらが司る身体の器官は以下の表のようになります。
少陰心経がつながる「心」の臓が「舌」を司っています。
そのため、舌を噛むことが少陰のトラブルのサインとみることができる訳です。
これらのことから、口周辺を噛んでしまう、という事象を身体の不調のサインとして捉えることができると考えられるわけです。
不調への対処法
本来なら、物を噛む(咀嚼(そしゃく)と言います)・喋るという行為の際には精密な連動によって、口の中や舌を噛む、ということは起こりません。
それらが起こるのはそのような微調節が上手く機能していないためと考えられます。
単純に言えば疲れている訳です。
ごく当然ですが、そんな時には不調の前兆と捉えて、食事を軽めにする・早めに休むなどの養生で対応をしましょう。
また『黄帝内経』には「視主病者 則補之」とあります。
「その病を司るものを視て、則ちこれを補う」と読めます。
大意は「(口の周囲それぞれを噛んでしまう事象を)司っているものを見抜いてこれ(=トラブルのある経絡)を補う」ということです。
トラブルを起こしている経絡はエネルギーが不足しているので補う必要があるのです。
一般的にエネルギーが不足している状態を「虚(きょ)」と呼び、これに対応する治療法は「補法(ほほう)」と呼ばれ、穏やかな刺激で気・血・津液を補う、と考えます。
一方、外から邪気(寒さや風など)が入り、余分なものが入っている状態を「実(じつ)」と呼び、これに対する治療法は「瀉法(しゃほう)」と言われ、比較的強い刺激で邪気を取り除く、と考えます。
ここでは「補う」、とあるのでトラブルがあるとされる経絡に軽く圧迫する・さするなどのセルフマッサージを施してみましょう。
対象はあくまでツボが連続して線上をなしている「経絡」です。
ツボを正確に刺激する、というよりは、手足の長軸に沿った線をなぞるイメージで大丈夫です。
少陰・少陽・陽明それぞれの手足を1セットでマッサージします。
経絡にはいわゆる「気の流れ」の方向があります。
法則性があり「万歳」の姿勢のときに、陽の経絡は「上から下」へ、陰の経絡は「下から上」へ流れていると考えられています。
ですから腕では陰の経絡は体幹から指先へ、陽の経絡は指先から体幹へという流れです。
脚では陰の経絡は指先から体幹へ、陽の経絡は体幹から指先へという流れを持っています。
そして補う場合にはその経絡の流れに沿ってさすり、瀉する場合には流れと逆にさすります。
セルフマッサージのやり方(ケース別)
それを踏まえてケースごとに紹介します。
重要なツボは肘より先、膝より先にあるのでどの場合も指先~肘あるいは膝までのマッサージで良いと考えられます。
最初に、
【舌を噛んでしまう場合】
手の少陰心経と足の少陰腎経にマッサ―ジを行ないます。
手の少陰経は前腕の手のひら側、小指側のラインで肘から小指の爪の脇の「少衝(しょうしょう)」というツボまで気持ち良いくらいの圧で圧したりさすったりして下さい。
手首を越えたら掌の真ん中より少し小指寄りの「少府(しょうふ)」を通って掌のラインを圧迫します。
「少衝」を圧迫してここは終了です。
足の少陰腎経は足の裏の「湧泉(ゆうせん)」というツボからはじまります。
こちらから圧迫して、内くるぶしの後ろを目指します。
そのまま内くるぶしの後ろのラインを膝まで圧迫あるいはさすって下さい。
続いて、
【頬を噛んでしまう場合】
手の少陽三蕉経と足の少陽胆経をマッサージしましょう。
手の少陽経は薬指の爪の脇の「関衝(かんしょう)」の圧迫から始めます。
関衝側の薬指脇のラインをそのまま指の股に向けてさすります。
そのまま手の甲の薬指と小指間の延長線上にある骨の溝を「中渚(ちゅうしょ)」というツボを越えて圧迫したりさすったりして行きます。
手首を越えて、前腕の手の甲側の中央のラインを肘までマッサージします。
デスクワークなどで腕を使っている方には心地よい痛みがある場合もあります。
いずれにしても心地よい範囲で行ないましょう。
足の少陽経は、膝の外側の少し下に「腓骨頭(ひこつとう)」という骨のふくらみがあります。
その斜め前下に「陽陵泉(ようりょうせん)」というツボがあります。
こちらの圧迫から始めます。
そのラインをそのまま足首まで圧迫したりさすったりしながら足首まで下りて行きます。
足については、足の第4指(手で言う薬指)と第5指(同様に小指)の間のラインに沿って「足臨泣(あしりんきゅう)」を通り、薬指の爪の脇にある「足竅陰(あしきょういん)」を目指します。
骨の間はさするように、指先は圧迫すると気持ち良いことが多いです。
最後に、
【唇を噛んでしまう場合】
手の陽明大腸経と足の陽明胃経をマッサージします。
手の陽明経は人差し指の爪の脇の「商陽(しょうよう)」というツボの圧迫から始めます。
そこから親指と人差し指の延長線上の交点にある「合谷(ごうこく)」というツボを通ります。
手首を越えて前腕の親指側を圧迫、あるいはさすりながら肘まで上って行きます。
足の陽明経は膝のお皿の下にあるくぼみのうち外側のくぼみのラインを降りて行きます。
くぼみから指4本分下に有名な「足三里(あしさんり)」というツボがあります。
そこを通ってスネの少し外側を足首へ向かって圧迫したりさすったりしながら下りて行きます。
足首を越えたら足の甲の第2指(手で言う人差し指)と第3指(同様に中指)の間のラインにある骨と骨の間を「衝陽(しょうよう)」というツボを通ってさすって行きます。
その後、足の第2指の爪の脇にある「厲兌(れいだ)」を圧迫します。
大きな病気の予兆ということも・・・
あくまでも、体調不良の予兆があった時には睡眠時間の確保や食事の改善と言った養生が本道ですが、補助的に以上のようなアプローチも良いのではないでしょうか。
ただ、噛むという動作は意識的な運動で無意識で行われる自動運動でもあります。
その中枢が脳幹という所にあります。
口の中や舌を噛んでしまう他、手足のしびれや力が入りにくいなどの症状がある時はその脳幹を含めた脳そのものの病気の恐れがあります。
早急に医療機関の受診が必要となります。
しかし、大きな病気も日々の養生の積み重ねで遠ざけることが出来ます。
いつもと違う不調の予兆を察知したら、身体を養生モードに切り替えて元気を取り戻しましょう。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
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養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。