あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
東洋医学における消化器と養生
暦も12月に入り、今年もあとわずかです。
早いところは忘年会のシーズンに入っていることでしょう。
その後にはお正月に新年会・・・・と付き合いも多くなります。
そんな時期に頑張っているのが胃腸をはじめとした消化器官ではないでしょうか?
今回は、東洋医学的視点から消化器を見てみたいと思います。
消化器は東洋医学では「胃腸」ではなく、「脾胃」という呼ばれ方をします。
「胃」は消化器として現代医学でもイメージが湧くと思いますが「脾」と言うと「どこ?」と思われるかもしれません。
脾臓は胃の後ろ、(本人から見て)お腹の左上の端にあります。
学問的には「リンパ系(免疫に関係)」を司っています。体内の細菌や異物の処理、古くなった赤血球の破壊を行う器官です。
そして東洋医学的な人体観では「脾臓」ではなく「脾」と呼ばれ胃や小腸と連携して飲食物から栄養を取りだす役目を担っています。
この「脾」と「胃」について見て行きます。
人によっては東洋医学の「脾」は現代医学で言う「膵臓」であるということがあります。
膵臓は腹腔内で胃の後ろ側に隠れるように存在しています。
血液の中の糖の量をコントロールしています。
これが失調すると糖尿病になりますが、今回はここには触れません。
臓器の名称の歴史的背景
それにしてもなぜ、「脾」が現代医学の「脾臓」と違っているのでしょうか?
これはわが国の歴史を遡ると見えてきます。
江戸時代の人体の解剖学書に『解体新書』があります。
※「解体新書 復刻版」西村書店編集部 (編集)
この書物は有名な杉田玄白らのオリジナルではなく、もともとドイツの書物だった『Anatomische Tabellen(アナトミッシェ タベーレン)』のオランダ語訳の本『Ontleedkundige Tafeln(オントレードキュンジヘ ターフェレン)』を杉田玄白らが日本語訳したものです。
彼らは江戸・小塚原の刑場(現在の南千住辺り)で刑死した遺体とそのオランダ本を照合し、翻訳したのです。
その杉田らが作業の中で、目の前の臓器を日本語でどう呼ぶか?を思案しました。
その時、彼らの手持ちの知識であった漢方用語としてのいわゆる「五臓六腑(肝・心・脾・肺・腎・胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦(これに「心包」を加え六臓六腑とすることもあります)」の名称をそのまま解剖で見られた臓器につけたのです。
その結果、現代医学で言われる「肝臓」「心臓」などと東洋医学における「肝」「心」が混同されることとなりました。
それは当然「脾」も例外ではありません。
しかし、この一事をもって杉田らの功績が否定されるわけでも、漢方用語の五臓六腑を用いたことが批判されるにもあたりません。
当時の我が国の最高峰の頭脳、杉田玄白、前野良沢、中川淳庵をおいてこの仕事は出来なかったはずです。
彼らの仕事が我が国の解剖学の礎となったことは紛れもない事実なのです。
脾胃のはたらきと重要性
以上のような経緯をもった我々の臓器ですが、「脾」と「胃」の話に戻りましょう。
脾は飲食物を消化・吸収し「気・血・津液」を作ります。
それが身体を形作り、また動くためのエネルギーとなります。
「気」はエネルギー、血は「けつ」と読み、いわゆる「血液」に近い概念です。
「津液(しんえき)」は血以外の水分です。
そのため、脾が失調すると栄養が吸収できないことから痩せたり、水分代謝がうまく行かないことからむくみが起こったりすると考えられています。
胃は飲食物を吸収しやすく消化し、小腸へ送る機能としてとらえられています。
脾胃はこのように外界から摂り入れたもので身体を養う役目を持っています。
そのため「後天の本」と言われ、後天的なエネルギーを生み出す器官とされています。
これは先天的なエネルギーのもととされる「腎」と対をなします。
私たちの腎には両親から受け継いだエネルギー、「先天の精」が宿っているとされています。
これは生殖を司っている器官です。
この先天の精は生まれつき持っている量がその人ごとに決まっていて、生後減ることはあっても増えることはないと考えられています。
そこで、それを補うように脾胃が飲食物から「後天の精」を作り出すとされています。
ですから、予め量が決まっている先天の精と異なり、後天の精は努力によって保てる・養うことが出来ると考えられます。
そんな脾胃を中心に養生を考え、その重要性に言及した人物がいます。
中国の元(1279~1368)の時代に、その名もまさに『脾胃論』を著した李杲(りこう)【(李東垣(りとうえん)、李朋之(りほうし)ともいわれる】です。
東洋哲学における木・火・土・金・水の五行と呼ばれる要素のうち脾胃は「土」を司っているため、彼の考え方は「補土派」と呼ばれました。
彼はその本の序文でも「脾胃の不足は百病(百の病でなくあらゆる病の意と思われる)の始まりである」と述べています。
基本的には湯液(とうえき)(いわゆる漢方薬)の本ですが、脾胃を大事に保つことで元気に長生きできる、ということが彼の論の要諦です。
彼は飲食の不摂生や寒・温の不適が脾胃を傷つける、と述べています。
食の不摂生は貝原益軒の『養生訓』にも「食は半飽に食ひて、十分にみ(満)つべからず(食事は飽きる量の半ばほどにして満腹まで食べてはならない:筆者意訳)。」とあり、脾胃に負担をかけないよう戒めています。
このような戒めはエジプトのピラミッドにある「人間はその1/4の食物で生き、3/4で医者が生きている」という趣旨の記述にもみられます。
当時はピラミッドに入れる王族や身分の高い人のみに対する戒めですが、飽食の時代と言われ久しい現代に生きる我々にも当てはまるものです。
寒・温の不適にしても今、我々を取り巻く環境は、冬でも自販機で冷たい飲み物が売られており、ラインナップも冷たい物の方が大半を占める状況がみられます。
「食べ方」の見直し、噛むことの大切さ
我々は食べ過ぎ・冷やし過ぎている可能性があります。
これでは脾胃は傷つくばかりです。
加えて、『養生訓』では「中華・朝鮮(原文ママ)の人は脾胃つよし・・・中略・・日本の人は是にことなり多く穀肉を食すればやぶられやすし。」とあります。
確かにスポーツのアジア地区大会などを観ても、大陸の人たちと日本人とでは骨格や肉付きの良さが違います。
脾胃のスペックが違うわけです。
中国で生まれた『脾胃論』でさえ脾胃を大切に、と謳っているのに我々日本人が脾胃をないがしろにすることは更に良くないことなのです。
ではどうするか、ということですが、意識的に冷たい物を控えることと非常に当たり前のことですが、食事の際にはよく噛むことがおすすめです。
ちなみに噛むことには「歯」が大事ですが、医学系の学問のなかで「歯」はどこに位置付けられていると思いますか?
「骨」でしょうか?
違います。実は「消化器」で学ぶことになります。
噛むことは咀嚼(そしゃく)と言い、消化の第1段階なのです。
そのため歯は消化器系の一角にその座を占めているのです。ここでしっかり食物を砕くことで、食道から胃への負担を軽減できます。
逐一、箸を置いて30回程度噛むようにするのが良いです。
従来よりも時間がかかることと噛むことによる満腹中枢への刺激で食べ過ぎを防ぐことが出来ます。
また、唾液に含まれるアミラーゼは米や麦などに含まれるデンプンの分解酵素です。
噛むごとに唾液は分泌されますから、その先の消化器の仕事が楽になります。
「何をどれだけ食べるか?」と同じくらい「どう食べるか?」は大事なことです。
よく噛んで食べましょう。
忙しくて食事に時間をかけられない、という方はせめて1日のうち一食だけでも実践してみましょう。
消化器へのダメージが1/3は減らせる計算になります。
おとそで新年スタート
あと1か月足らずの今年を、噛むことの大切さを見直して乗り切りたいものです。
そして年明けには「おとそ」で祝いましょう。
「おとそ」は「お屠蘇」と書き、「屠蘇散」の名前で年末に薬局やドラッグストアでも扱っています。
れっきとしたいわゆる漢方薬です。
名前の由来は「蘇という鬼を屠るので屠蘇散」とか「邪気(病気のもとと考えられている)を屠って生気が蘇るから屠蘇散」とか諸説あります。
物によって含まれている生薬も少し違いますが、用いられる生薬と効能は次の通りです。
・「白朮(びゃくじゅつ)」は健胃・利尿・鎮痛、
・「桔梗(ききょう」は去痰、
・「山椒(さんしょう)」は胃腸の温め・止痛・下痢止め、
・「肉桂(にっけい)」は脾胃の温め・血流促進、
・「大横(だいおう)」は胃腸の炎症抑制・便通改善・瘀血(血の滞り)の除去、
・「乾姜(かんきょう)」は胃腸を温め冷えを取る、
・「防風(ぼうふう)」は解熱、
・「細辛(さいしん)」は身体を温め冷えを除く作用をそれぞれ持っています。
消化器のフォローを中心にわりとオールマイティな処方です。
正月の間の飲食に向け、消化器が働きやすい状態を作るわけです。
伝統医学の知恵が垣間見えます。
用い方は、大晦日の夜に1合の日本酒とみりんを適宜加えて一晩漬けておいて元日の朝に飲みます。
1年の健康を祈るものであると同時に正月を祝う縁起物でもあります。
新年のスタートに試してみてはいかがでしょうか。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
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養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。