タネが消える日【「種子法」廃止と食のゆくえ】

タネが消える日ー「種子法」廃止と食のゆくえ

取材・文/加戸玲子

出典/季刊書籍『自然栽培』

日本の主食である、米、麦、大豆。

普段、当たり前のように口にできているのは良質な「タネ(種子)」があるからだ。

タネの安定供給を陰で支えてきたのが「種子法(主要農作物種子法)」という法律だった。

その法律が、2018年4月1日に廃止される。私たちは、なにを失うことになるのか。

これからどうしていけばいいのか。

『種子が消えれば あなたも消えるー共有か独占か』を緊急出版した龍谷大学経済学部教授の西川芳昭さんにお話を伺いながら、タネと人との関係を、あらためて考えてみたい。


種子が消えれば、あなたも消える: 共有か独占か
(コモンズ)

(*著書紹介)

西川芳昭(にしかわ よしあき)龍谷大学経済学部教授

種子法廃止問題を理解し、タネ(種子)を身近に感じられる1冊。種子法の具体的内容、果たしてきた役割、種子生産のしくみをはじめ、国際的な枠組み、タネや品種にかかわる農家や研究者のまなざし、種子法のもとで開発された品種のドラマなどが思いを込めて描かれ、在来品種保全の動きも興味深い。タネを公共財として守るための5つの論点から、種子法廃止や日本の農政の問題点も整理されている。持続可能な世界に向けて、タネをどうとらえるか、どのようにかかわっていくかを考えさせられる。

「種子法」とはなにか

「種子が消えれば、食べものも消える。そして君も」
これは、国際的なジーンバンク(遺伝資源銀行)の創設に生涯を捧げたデンマークの科学者、ベント・スコウマンの残した言葉だ。

タネ(種子)と人間とのかかわりを国内外で調査研究し、種子問題の第一人者として知られる西川芳昭さんがタネについて話すとき、必ずといっていいほど、この言葉が紹介される。

それを今回、初めて著書のタイトルに用いた。

「レンゲとタマネギを扱うタネ屋の息子として生まれた私は、幼い頃からタネを身近に感じて育ちました。

小さなタネから植物が育ち、何百倍、何千倍にも増えていくのが不思議で面白くく、タネが大好きになったのです。

私たちは日頃、何気なく食べていますが、タネがなければ作物は育ちません。

牛や豚、鶏などの家畜も、植物をエサにして育ちます。

つまり、私たちは食料の大半をタネに頼っているのです。

タネがなくなれば、作物をつくることができなくなり、人間は生きていけません。

それほどタネは大切で身近な存在。種子法廃止という、日本にとって重大な方向転換となる出来事を機に、あらためてそのことを知ってほしいのです」

種子法は、正式名称を「主要農作物種子法」という。

主要農作物とはイネ、大麦、はだか麦、小麦、大豆のこと。それらの優良な種子の安定的な生産と普及を「国が果たすべき役割」と定めている。

「制定は1952年5月。サンフランシスコ講和条約が発効し、日本が主権を取り戻した翌月である点が重要です。

日本が主権を行使していくには食料の確保が大切であり、国が責任をもって良質なタネを確保する。当時の政治家や官僚たちの、そうした決意が表れていると思うからです」

種子法では、普及するべき優良品種(奨励品種)を決めるための試験や、奨励品種の「原種」「原原種」の生産(図1参照)、種子生産圃場の指定、種子の審査などを各都道府県に義務づけ、最終的な責任は国が負うとしている。

「地域によって自然環境が異なる日本では、地域に応じた小規模農業が適しています。

種子法があるからこそ、予算が確保され、その地域には適しているが、需要が少なく民間企業が供給できないような品種も安心して生産することが可能になりました。

それが多様性にもつながっているのです。

奨励品種をつくるための品種育成(育種)は種子法では触れられておらず、農家自身のほか、国の研究機関や都道府県、民間企業などが行っていますが、種子法制定の根底には、タネは〝公共の財産〟であるとの考え方があったと思われます。

それが、優良な品種づくりに取り組む関係者たちの熱意を下支えしていたのです」

一般的に、イネの品種をひとつ開発するには約10年かかるといわれる。タネが公的に守られてきたことで、利益優先ではなく、公共の財産としての品種開発が行われてきたのだ。

種子法が支えていた公共性と多様性

消費者や生産者の一人ひとりが食べたいものを食べ、つくりたいものをつくる権利を「食料主権」という。

西川さんが重要視する概念だ。

私たちは、食べるもの、つくるものを自分の意思で決めているように感じるが、本当にそうだろうか。

タネがなければつくることはできず、作物がかぎられていれば、そこから選ぶしかない。

「もともと、タネは買うものではなく、自分で育てた作物からタネをとるものでした( 自家採種)。しかし、農業の近代化に伴い、タネがビジネスの対象になりました。

改良品種が普及する一方で在来品種が減っているのです。

日本の場合、19世紀末にはイネが約3000品種あったといわれますが、現在は約400品種。それでも、世界的に見ると多様性が保たれているほうです。

それを支えていたのが種子法でした」図2(P76)を見てほしい。

タネの生産から販売までの一連の流れには、主に改良品種に関わる「公的システム(フォーマルシステム)」と、自家採種や交換によって主に在来品種を供給する「非公的システム(ローカルシステム)」の2つがある。

この2つがうまく連携することで品種の多様性が保たれると西川さんは言う。

種子法が関係するのは公的システムのほうだ。一般の流通市場に出回ることが前提なので、多国籍企業を含む民間企業の利益拡大や、タネの独占を招きやすい。

しかし、種子法によってタネの公共性が守られ、非公的システムを担う地域の人々との連携もできていた。

「宮城県の中山間地で栽培されている『ゆきむすび』は、住民と行政の協力で品種が生まれた良い例です。

厳しい寒さと高齢化・過疎化に悩む山間豪雪地の人たちが、栽培できる品種を求めて古川農業試験場に相談したところ、育成、保管されたまま使われていなかった品種が住民のニーズとうまく合致した。

試験場が3種類くらいの品種を推薦し、そのなかから村人たちがつくりたいものを選んだそうです。

その品種を、県が奨励品種に指定することで、数十ヘクタールしか栽培されていない品種の種子が県によって供給されています。大豆でも興味深い例があります。

岡山県の丹波黒という大豆は、県が十分な量のタネを生産できないため、自家採種したタネを家庭の冷蔵庫で保存できる技術を開発し、農家の自家採種を奨励しているのです。

これらは、まさに最先端の事例だといえます」

公的システムから、地域の非公的システムにタネが委ねられ、地域内で循環していく。

こうした循環は、世界的にも例がないという。

「2つのシステムの連携は、種子法にもとづく国全体としての制度があるから可能なのです。

種子法のない公的システムは、地域の遺伝資源(タネ)が一方的に外部に移動するだけになり、地域に循環しない。

種子法の廃止によって、この連携が途切れることを私は憂慮しています」

突然の廃止決定

このように、見えないところで種子法は私たちの暮らしを支えていた。

しかし、2017年2月に廃止法案が閣議決定され、3月に衆議院を通過。

4月14日に参議院で可決成立し、廃止が決まった。

廃止の理由として、政府や農水省は、「種子は戦略物資であり、多様なニーズに対応するため民間の参入が必要」とし、種子法のもとでは都道府県と民間との競争条件が対等ではなく、民間の品種開発意欲を阻害していると説明している。

しかし西川さんはこう指摘する。

「2007年には、『種子法は民間の参入を阻害していない』と農水省が答弁しており、矛盾しています。

種子法廃止は、国鉄や電電公社、郵政など1980年代からの民営化の流れが最終段階に入ったことを示しているように思います。

水道の民営化も閣議決定されています。

命にかかわるもの、主食の種子まで民営化するというのは、まさに国家と国民の食料主権の放棄。

国民の食料安全保障に対する責任の一部を国が放棄したことを、私はなにより大きな問題だと思います」


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自然栽培Vol.13より許可をいただき一部転載させていただいています。

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