東洋思想における「五行説」と中国最古の医学書『黄帝内経』からみるその時期ごとの過ごし方

あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。

古代文献に見る夏

暦は5月に移りました。

今年は平成から令和に改元する月でもありますが、5月はもう一つ、季節の移り変わる月でもあります。

春から夏に変わる「立夏」が今年は5月6日にあります。

二十四節季でみると夏は5月からなのです。

現代人のイメージだと、まだ春の余韻が残った時期です。

しかし古代中国ではこの季節を「夏」ととらえ、この時期の過ごし方を述べています。

中国最古の医学書、『黄帝内経』を繙いてみましょう。

※『黄帝内経』【日本語】現代語訳黄帝内経霊枢 上巻 

難解ですが原文は以下の通りです。

「夏三月 此謂蕃秀 天地気交 万物華実 夜臥早起 無厭於日 使志無怒 使華英成秀
使気得泄 若所愛在外 此夏気之応 養長之道也 逆之則傷心 秋爲痎瘧 奉収者少 冬至重病」

現代語訳は以下のようになると考えます。

「夏の3か月(5月の立夏から8月の立秋まで)を「蕃秀(ばんしゅう)」と言います。

天地の気が交流し、万物が華やかに実ります。

夜に眠り、早くに起き、日中の活動を嫌がることのないようにしましょう。

意識的に怒ることなく、花が秀逸な美しさとなるように、気を泄する(=漏らす)ことを得させ、愛(するもの)が外にあるようにします。

これが夏の気に応じ、「長」を養う道です。これに逆らうと(五臓の)「心」を傷つけます。

秋にという病気になり「収」に奉ずることが少なく冬に重病に至ります。」

これでも意味をとらえることは難しいです。

解説を入れながら見てみましょう。

中国最古の医学書、『黄帝内経』でみる「夏」の時期の過ごし方の解説

立夏から立秋(今年は5月6日~8月8日)の3か月間が夏です。

その時期には植物が生い茂ります。「蕃秀」の「蕃」は「繁」にも通じると考えられます。

夏は植物が他の季節よりも秀でて繁茂する季節、と言うことです。

自然界では天地の気が交流し、万物が華やかになり、実る季節です。

植物も様々な花々が咲き誇ります。新緑も眩しい季節です。

そんな時期には人間も自然界に倣い、夜は休み、朝は早く起き日中は嫌がらず活動しましょう、ということです。

植物が生い茂り、花が美しさを発するように、夏は人間にも「発する」季節、ということです。

感情面では、「怒り」は内にこもりがちなので意識的に怒らないようにし、花が美しさを発するように人間も気を外に発するようにしましょう、と言っています。

その様子を「愛」という言葉で表現しています。

「愛」は「外に発する」もの「表現する」ものです。

内で「思って」いても具現化しません。

「愛」は「行動」です。

「愛」の対象に自らの美点をアピールするように「発する」ことを言っていると考えられます。

愛情はアピールなくして伝わらないので、そのような比喩になったのではないでしょうか。

いずれにしても、「怒らず、気を発する、心身をオープンにして行く」というイメージで良いと思います。

また、心のありようの前に日中の活動について述べられていますが「気」を泄する(=漏らす)現象の1つとして「発汗」があります。

ですから身体を動かして汗をかくようにする、という意味に読めます。

おそらく「日を厭うことなかれ」というのは暖かい日中の活動を嫌がらずに行ないなさい、ということなのでしょう。

その結果、発汗が起こります。熱の発散です。

ちなみに東洋思想における「五行説」では「夏」の体液として「汗」が対応しています。

後ほど表で説明しますが、万物が5つの要素から成り立つ、あるいは5つの要素に分けられるという考え方が「五行説」です。

古くから夏と汗の関係は言われていたのですね。

そして汗をかくことはこれからの暑い季節にはとても重要です。

汗をかくにも練習が必要

夏の時期に汗をかく、というのは簡単に思われますが、そうでもないようです。

同僚のベテラン鍼灸師によれば、いわゆる「夏本番」の暑さでうまく汗をかけないと脱水や熱中症になりやすい、とのことです。

曰く、「猛暑・酷暑と言われる暑さにいきなり晒されると、人は汗を必要以上にかき過ぎて水分を失い脱水、ひいては熱中症になる」とのこと。

もともと、発汗は体温調節のシステムの1つです。

暑い環境で体温が上がりすぎないように発汗し、それが蒸発することで体温を下げます。

まだそれほど暑くないこの時期に日中の活動で身体を動かし、汗腺を刺激します。

そしてこれも前出のベテラン鍼灸師の弁ですが、この時期には梅雨があります。

梅雨時は湿度が高く、発汗しても蒸発がそれほど起こりません。

これによって「ちょっとずつ」発汗する練習ができる、というのです。

それによって梅雨明け後の7月・8月の暑さにも必要最小限の発汗で対応出来、脱水や熱中症になりにくいというわけです。

古代中国人は『黄帝内経』の「無厭於日」「使気得泄」という短いフレーズにそのような意味を込めたのかもしれません。

【「長」の作用】五行の「火」は燃えて熱を発し、「心」は血液を広く全身に発する

さて、本文に戻ります。

立夏から、夜は眠り、日中に活動し、発汗することが夏の気に応じる生活で、夏の「長」の作用が養われます。

これは自然界で植物が伸び行く作用・動物が成長して行く作用のことです。

人体の現象で言えば汗腺の機能が高まり、よく汗をかくのも「長」の作用と言えます。

これに逆らうと五臓の「心(しん)」を傷つける、と言います。

下表をご覧いただくと良いのですが、これは前出の「五行説」にその論拠があります。

これによれば、「夏」に応じる臓は「心」でその機能は「長」です。

五行の「火」は燃えて熱を発しますし、「心」は血液を広く全身に発します。

それが「長」の作用です。

そして心の臓が傷つけば、これに対応する「長」の作用が養われず、夏の延長である「長夏」を通り越して、秋の「収」の作用にも支障をきたし「痎瘧(かいぎゃく)」という病気になると言います。

「痎瘧」や「瘧疾(ぎゃくしつ)」は東洋医学の言語で「マラリア」という感染症のこととされます。

しかし、蚊が媒介するマラリア原虫による病気が夏の不養生で起こる、というのは考えにくいです。

マラリアの症状自体は悪寒と発熱を中心としていますので、「痎瘧」は悪寒・発熱を起こす感染症全般のこと、と広くとれば良いように思います。

多くの感染症は悪寒・発熱を初発症状とします。

【「収」の作用】不要な発汗による体温低下を防ぐこと

さて、「収」の作用は自然界では秋に植物が枯れ、種子に栄養を収納したり、動物が冬眠に向け栄養を蓄積したりする作用です。

発汗に関して言えば、空気が冷えてきますから汗腺が収斂して、不要な発汗による体温低下を防ぐことが「収」の作用と言えます。

なので、夏に「長」の作用を発揮できず、十分に発汗しなかった場合、秋になっても汗腺に「収」の作用が働かず、止まるべき汗が止まらず体温調節に支障をきたします。

このために体温が低下し、感染症に罹ってしまうのです。

現代医学においても、体温の低下は免疫力を下げることが言われていますし、活動と休息を司る自律神経は温度の変化で機能失調を起こします。

その結果、感染症に罹りやすくなると考えられます。

また文字通り「収」はエネルギーを収める、とも考えられます。

「食欲の秋」は東洋医学的にも「収」の作用として妥当なのです。

なので、その時期にしっかり食べられないと、冬の寒さを迎える体力が備わらないとも考えられます。

食べて体力をつけることは重要です。

特に脂肪としてのコレステロールは大事です。

一般に「太る」、「不健康」というイメージを持たれがちですが、寒さなどの「ストレス」に対応する身体の態勢をつくるホルモンの原料になります。

もちろん、過剰なコレステロールは高脂血症や心疾患など身体に悪影響がありますが、適量ならば必要な物質の1つなのです。

ですから夏の不調を引きずったまま、秋に「収」の作用を養えないと冬にはさらに重く病んでしまうのです。

冬は四季のうちでも最も冷えこむ季節です。

そんな中では「収」が働かない汗腺が不要な発汗で体温を下げてしまい、さらに強い冷えに曝されてしまいます。

そしてまた、寒さというストレスを迎え撃つホルモンが充分に分泌されなければ冷えによる病気に罹ってしまうと考えられるのです。

秋・冬の健康は夏の過ごし方から

このように、自然の営みに沿うように生活することで、続く秋冬を元気に過ごすことが出来る、と古代中国人は考えていました。

それは内容としては決して複雑なことではありません。

夜に眠り、早朝に起床し、怒らず、のびやかな気持ちで日中に活動し、発汗する。

きわめてシンプルですが、現代に生きる我々には睡眠時間の確保、怒らずのびやかな気持ちの創出、発汗するような日中の活動、とハードルが高く感じられます。

毎日とは行かないまでも、この季節、週末の休日を含めて週に2~3回でもそんな日を作るだけでも、3か月、4か月後には大きな差になってくるはずです。

季節の移ろいは、人間のその時期ごとの過ごし方も教えてくれているのです。

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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)

1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。

学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php

学校FB⇒ https://www.facebook.com/tokyoiryofukushi/

学校ツイッター⇒ https://twitter.com/tif8chobori

学校インスタグラム⇒https://www.instagram.com/tif8chobori/?hl=ja

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