あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格を持ち、東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務されている湯浅陽介さんによる連載コラムです。
「腰」は人体の要
多くの人が感じる不快な症状に「腰痛」があります。
腰は「月(にくづき)」に「要(かなめ)」と書かれる通り、まさに人体の要です。
ここに痛い・重い、などの症状があるだけで、業種を問わずパフォーマンスはガタ落ちです。
ましてやギックリ腰を発症してしまうと、一週間寝たきりなんて言う状況に陥ることもあります。
そうなってから病院で湿布や痛み止めをもらったり、マッサージや鍼・灸、整体などに頼ったりしても、効果は感じられにくいことが多いですし、何より時間とお金がもったいないです。
大切なのは、つらくなってから・痛くなってからではなく、常日頃からのケアです。
貝原益軒も『養生訓』の中で、「やむを得ざるに非ずんば、鍼・灸・薬を用ゆべからず。」と述べています。
「日頃のケア(養生)が体調管理の大本であり、やむを得ない時以外は鍼・灸・薬を使うべきではない」という意味でしょう。
筆者は鍼灸マッサージ師ですが、そう思います。
そこで腰痛を遠ざけるためのケアの方法をご紹介します。
忙しい日々のほんの少しのスキマ時間や就寝前の数分間を使って、試してみて下さい。
腰痛を遠ざけるためのケアの方法
腰のツボを刺激
さて、腰痛があるときも、予防するときも、まずは問題が起きている腰そのものへのアプローチを行ないます。
とは言え、突然痛みが出たり、動けなくなったりするような急性の腰痛の際には炎症が起きているので不用意に揉むのは禁物です。
これはあくまで予防や慢性的なものに対するケアということでのご紹介です。
腰痛に良いとされるツボには腎兪(じんゆ)と大腸兪(だいちょうゆ)と言うツボがあります。
その付近を手で拳を作り、グリグリ揉んでみてもよいでしょう。
さて、肝心のツボの位置ですが腎兪は脇腹に手のひらを当てたときに親指が当たる辺り、大腸兪は骨盤の一番高い所から少し背骨寄りの所です。
闇雲に刺激するよりもツボを意識しながら全体的に揉むと効果的です。
また、腰の動きは殿部とも連動して働いており、そこの筋肉へのアプローチも外せません。
腰同様に拳でグリグリと揉みます。
腰も殿部も左右とも行います。
実際に腰痛の患者さんの殆どに殿部を圧したときに痛み(圧痛)がみられます。
「腰」痛予防するなら「腹」のケアも大切
しかし、東洋医学的な観点からは腰部の裏側にある「腹部」も非常に重要です。
今から約2000年前に書かれたとされる中国最古の医学書『黄帝内経』に「陽病治陰、陰病治陽」という記述があります。
「(身体の)陽が病んでいれば陰を、陰が病んでいれば陽を治療する」という意味にとれます。
身体の陰陽は図の通りで身体の前面が「陰」、後面が「陽」となります。
ですから、腰痛の場合、痛むのは「陽」の部なので「陰」の部にアプローチすることになります。つまり「腹部」です。
「腹部」とひと口に言っても広く、図のような範囲になります。
上は肋骨(学術的には肋軟骨となりますがここでは便宜上こう呼びます)、下は骨盤の恥骨(ちこつ)の上あたりまでの範囲です。
腹部へのアプローチの方法
では、腹部へのアプローチです。基本的には「揉む」と言うより人差し指~小指の4本を揃えて指先で「揺する」感じで、対象となる部を動かします。
片手の指で揺する部分を押さえ、その上からもう片方の手を添えます。
まずは正面、肋骨の切れ目を行ないます。
続いて肋骨から下に降りるように全体をまんべんなく揺すります。
そして下腹部です。
骨盤の際から臍の下まで行います。
骨盤の際は腰にとって重要な場所です。
これは「腸腰筋(ちょうようきん)」という筋肉が着いているからです。
腸腰筋は腰の背骨の前と骨盤から始まり、太ももの骨の内側についています。
太ももを前に挙げる作用があります。
ここが縮んで硬くなると腰痛が出ることがあります。
深い所にある筋肉なので直接、揉むことは出来ませんが揺すった振動による刺激でも、予防的な効果は期待できると考えます。
最後に脇腹を両方行います。
写真のように片手で左右それぞれ行います。
陰陽で言うとちょうど境目(つなぎ目)になります。
何でもそうですが、境目は構造的に弱く弱点になりやすい所です。
身体の動きの面から見ても、腰を前後に曲げ伸ばしする動きは良く行われますが、横に曲げることは少ないです。
そのために硬くなりやすい所でもあります。
以上が「前後」の陰陽を活用した、腰痛予防のための腹部へのアプローチです。
また、陰陽は「上下」にも適用でき、上が「陽」、下が「陰」となります。
実は、すでに「上下」の陰陽も活用していました。
それは先述の殿部へのアプローチです。
腰(上=陽)に問題がある時に殿部(下=陰)にアプローチするという形です。
このことは筋肉の運動の観点からだけでなく陰陽の視点からも妥当性があります。
これらのアプローチはいずれも、横になって行うとより効果的です。
立っているときに重力に逆らって働く筋肉が、緩んだ状態になるからです。
仕事の合間には横にはなれませんが、就寝前などは可能だと思います。
また食後すぐは避けて下さい。
食後2時間以上空いているのが理想的です。
今回ご紹介した方法はあくまで予防・養生法なので、急性の痛みがある時には必要な処置を医療機関などで受けて下さい。
腰痛が内臓からの反射によるもので何らかの疾病のサインであることもあるのです。
そして、ここにも内臓(陰)の病が腰(陽)に現れるという形で陰陽が存在しています。
日常生活に取り入れる「陰陽」
ここまで東洋医学的な観点での陰陽について見てきましたが、それは医学的なアプローチに留まらず、ものの見方・考え方に広く応用できるものです。
なぜならば、もともと「陰陽論」という形で東洋哲学に根差したものだからなのです。
ですから、陰陽論は特定の症状(肩こりや腰痛)のみならず、もっと広い意味での養生にも活用できます。
冷たいものを摂りすぎた(陰)ならば温める(陽)とか、ちょっと前のめりに働き過ぎている(陽)と感じたらペースダウン(陰)してみる、などです。
しかし実際には忙しい・休めない、など実行することが難しいこともあると思います。
そういう場合にはほんの小さな選択を変えてみるだけでも良いと思います。
身体が冷えていると感じたら、付き合いの席でのお酒をビールから焼酎のお湯割に変える、とか疲れていたら消化器の負担が減るように昼の定食を肉料理から焼き魚に変えてみる、とかです。
漠然と「バランス良く」と言っても難しいですが、「陰陽」のファインダー越しに物事を見ることが僅かばかりでもそのお役にたてば幸いです。
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湯浅 陽介(ゆあさ ようすけ)
1974年富山県生まれ。あん摩マッサージ指圧師、はり師きゅう師の資格取得後、教員養成科にて同教員資格取得。東京八丁堀の東京医療福祉専門学校に専任教員として勤務。学科と実技の授業を担当。学校勤務の傍ら、週末には臨床に携わっている。
学校HP⇒ http://www.tokyoiryoufukushi.ac.jp/index.php
学校FB⇒ https://www.facebook.com/tokyoiryofukushi/
学校ツイッター⇒ https://twitter.com/tif8chobori

養生ラボ編集部です。インタビュー取材、連載コラム編集など。